半世紀前に愛知で誕生‥「幻のご当地スイーツ『元祖ファンシー』の復活」

脱サラケーキ職人の挑戦

半世紀前、愛知県の風土と文化の中で誕生した「ファンシー」は、多くの愛知県民にとって特別なお菓子でした。シンプルな生クリームとスポンジの組み合わせは、日常の小さな贅沢として、多くの笑顔を生んできました。

しかし、2011年の時代の変遷と共に、この特別なお菓子は「幻のお菓子」として姿を消しました。今、私たちはその失われた時間を取り戻すため、そして次の世代にも「ファンシー」の魅力を伝えるための一歩を踏み出そうとしています。

「ファンシー」の歴史。

愛知県の街角で生まれた「ファンシー」は、かつて子供から大人まで、多くの人々に愛されました。その四角いフォルム、滑らかな生クリームとふんわりとしたスポンジが織り成す味わいは、多くの愛知県民の心の中に特別な記憶として残っています。

40代前後の方々ならば、子供の頃の思い出として、または大切な人との時間の中でのひとときのおやつとして、この味を覚えていることでしょう。

復活への挑戦

19年のサラリーマン生活の中で、私は自分の新しい可能性を追い求め、起業の夢を持ち始めました。多くの本を読みながらその答えを探っていた時、あるビジネス書と出会い、著者に直接話を聞くことを決意し、東京へ向かいました。その会話の中で「ファンシー」という愛知・一宮発祥のケーキの存在を初めて知りました。
しかし、この「ファンシー」が何年も前に姿を消してしまったことを知り、この伝統あるスイーツを再び人々に届けたいという強い思いから、私はサラリーマンを辞め、直接創業者にお話を聞き「ファンシー」復活のための道を選びました。

ファンシー復活物語「一宮の誇りを取り戻すための挑戦」

このファンシーが完成するまで、たくさんの方の支えと協力があって今日に至ることができました。自動車関係の製造業から洋菓子業界へと舵を切り「ファンシー」の再生を決意。お菓子作りの経験ゼロからのスタートに、さすがに家族も驚きの声をあげましたが、その情熱を感じてくれて、一丸となってサポートしてもらっています。

そして発祥の地、一宮市で真の「ファンシー」を製造するべく、紡績工場の歴史ある跡地に工場を設立。

食品製造工場の知識が全くなく、何からはじめて良いのかわからなかったので、知り合いを通じて紹介された名古屋を代表するラーメンチェーン「フジヤマ55」の澤社長の知恵とサポートのもと、約一年間の試行錯誤の末、待望の「ファンシー」の味が完成しました。全くの未経験だった私を皆のサポートがあって、今、販売できるまでたどり着くことができました。

ラーメンチェーン「フジヤマ55」澤社長からのコメント

僕は団魂ジュニア世代なので、もちろんファンシーは子供の頃ケーキ屋さんでよく見かけて、食べていました。大人になってコンビ二でも取り扱うようになり、コンビニで買っていました。僕にとってファンシーはそれほど身近な存在でした。
そのお菓子を10数年くらいま前から見かけなくなって、寂しく思っていました。
徳田さんから、ファンシーを復活させたいという話を聞いたとき、あの懐かしの味をまた食べることができる!と興奮したのを覚えています。
今回、徳田さんは安定した職を捨てて、大げさではなく、このファンシー復活事業に自分の人生、家族の人生をかけています。その本気度を僕も感じ、同じ食べ物を扱う事業者として、できるサポート、アドバイスは、させていただきたいと思っています。
がんばれ!!徳田さん

皆の想いで復活させた「ファンシー」是非一度ご賞味ください。